広島地区女性連合会 キリシタン巡礼42名 1) 10月4日、私達は、金沢教会の桑島至基様のご案内により、バスの車窓よりキリシタン武士の居住地跡、金沢城・黒門を見学しました。[現存する当時の門で、1614年、右近一族は追放の時、金沢城黒門前を出立し、大阪を経て、長崎からマニラへ12月到着しました] 2) 徒歩にて、2015年に復元された金沢城の、見事な橋爪門を見学。右近の娘ルチアの嫁ぎ先・横山家跡に立ち寄りました。兼六園を散策、江戸時代を代表する林泉回遊式庭園で微軫灯篭等を廻りました。その後、近江町市場を見学しました。 3) 10月5日、金沢教会に到着、右近の銅像とその傍らに右近石がありました。 4) 能登半島志賀町代田の高山右近の子孫とされる、高山豊次様宅を訪問しました。 5) 隠れキリシタンの寺、七尾の本行寺に到着。ご住職から説明をお聴きしました。七尾には多くの寺があり、本行寺は、1483年頃、能登:畠山時代に京より茶道を齎した丸山梅雪が開いたと伝承されています。 6) 高山右近と隠れキリシタンの寺で,境内には『右近修道所跡』、『右近井戸』があります。 7) 『現存するゼウスの塔』は、ご聖体を象徴する石を入れた貴重な塔で、隠し穴があり、棒を入れてご聖体に触れていた事を説明なさいました。 8) 『隠れキリシタン秘仏』は、このような時代背景の中で制作されました。 9) 『木製マリア像』は、江戸初期の日本女性の体格でフレアの効いたスカートに、裾まである長いヴェールの冠姿は、素朴で暖かな当時の面影が残されていました。 10) 日本を離れる右近が細川忠興に宛てた『書状の掛け軸』 11) 『木彫りのサビエル像』が在りました。 12) 本行寺の短刀は、蒲生氏郷が、高山右近に絆の証として授けたとされ、刀身の内側の反り、研いだ跡、刀の鍔の説明、鞘は、氏郷の創始した会津塗で、柄に氏郷のデザインが施されています。 13) 本行寺の前田家茶室きく亭は、当時のままで残されています。 14) 丸山梅雪使用の見事な青磁の抹茶茶碗がありました。 15) 江戸中期の薄赤い縮緬の江戸小紋を拝見しました。 16) ◆七尾の教会で、金沢教会のチプリアノ・ボンタッキョ神父様がお出迎え下さり、ご聖体を訪問致しました。 17) 10月6日、卯辰山、浦上四番崩れ流配地に巡礼。 18) ◆1874年2月24日キリシタン禁制の高札が撤去され、長崎に帰還しました。 19) ◆104名が命を亡くした浦上キリシタン殉教碑の前で、白浜満司教様と共に深い祈りを捧げました。卯辰山を後に、 20) 右近の展示品を開催中の石川県立美術館に到着。 会長 梶山聰子 |
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