信徒発見150周年記念行                              2014年9月28日(日)

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信徒発見150周年記念行事IN福山
-高山右近列福祈願と浦上四番崩れ流配地巡り-

浦上キリシタン福山流配研究会

 信徒発見150周年をむかえるにあたり、イサベルゆりさんが流配された地、「福山」で収容された所を、福山・尾道・三原の備後三教会合同研修会で「高山右近列福を願って」という講話をうかがった川邨(かわむら)裕明神父様や服部神父様と一緒に巡りました。

  前日夜と午前中は、ユスト高山右近の列福にむけて司教団や大阪教区のとりくみを詳しくお知らせいただき高山右近を中心に小西行長、加賀山隼人、黒田官兵衛、千利休等との交流などを通して、高山右近の生き様を川邨神父様より熱く語っていただきました。
 広島教区も津和野の殉教者の列聖運動をしていく上で参考になりはげみになりました。 2016年教皇様をむかえてユスト高山右近の列福式ができればと夢が実現できるように祈っていきたいです。
 大阪教区から右近クラブの入会届(年会費500円)も送ってくださるとのこと広島教区でも協力していきましょう。
 ゆるキャラ「うーこんどの」も頼めば出張してきていただけるそうですよ。

  昼食会をはさみ、午後1時15分、福山教会を出発して、「新町脇元畳役所」「深津村元座床(ざとこ)」「笠岡町続元舟入場」「東堀端元割所(われしょ)」跡、約4qを歩きました。

  教区の巡礼地殉教地案内で御案内した場所を福山市文化財協会会長土肥勲氏が「文化財ふくやま47号」で2ヶ所訂正されましたのでそれを基にいたしました。
 2ヶ所は、城内会所と、笠岡町大露地です。それぞれ現在の伏見町と御船町になります。 いずれの場所も戦災で焼き尽くされていますので当時の痕跡はありません、現存する写真や区画整理図を見ていただき、当時入江だった道を歩きました。
 想像出来にくかったのですが明治初期当時の福山の街の距離感など味わいました。

 男子部から妻子の為に御降誕の祝日などには煮しめ等を贈って来たり、茂市さんも自作の煮しめを重箱に詰め、汁は徳利に入れて、夜陰にゆりさん一家の室の下で声をかけ、上から縄を下して贈り物を上げたり、励ましの声をかけて出向いていた等のほのぼのとして心温まるエピソードを胸に暑い中、15名程で歩いて巡ってきました。

 戦国時代の先人の生き様、それから徳川250年をへて復活した浦上四番崩れの方々の信仰や家族愛にふれた一日でした。