第41回鶴島巡礼                           2010年10月11日(月・祝)

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第41回鶴島巡礼

 長崎のお二人の神父と共に、浦上四番崩れ 殉教者に捧げた 野外ミサ

《鶴島巡礼に初めて参加して》

 10月11日の当日コースに4年目にして漸(ようや)く念願がかない参加する事が出来て、なんとも言えない充足感と共に、以前より伺っていた113人の流配者が当時受けた苦痛が、故遠藤周作氏の小説「沈黙」の描写と重なりあって脳裏に浮かんで来ました。
チャーター船は日生港を後に、牡蠣筏(かきいかだ)が浮かぶ深い入り江を抜けて、紺碧の海と晴れ渡る空の下、瀬戸内の美しい景色を眺めながら30分ほどで鶴島に到着。参加者100名余と一緒に、数珠繋ぎに山小道を墓所へ進みながら、(各々が今何を思い何を願い歩いているのかな)道中木立を抜けると淡路島、小豆島も見えて何時しか遠足気分に。流配地記念碑前でのミサは40、9人の神父がお召しになった真紅のストラが白地の法衣に映えて、とても印象的でした。遡(さかのぼ)る事140余年前、この島で5年に亘り繰り広げられた受難の歴史は、我々に何を訴えているのだろうか。粗末な墓所の下に今も眠る殉教者を思うとき、平和の尊さ信教の自由の有難さを強く思い、何としてもこの地球上の人々が皆等しく、平和と信教の自由を享受できる日が一日でも早く到来することを強く願わずには居られませんでした。
長崎の五島よりお越しの山田神父は、この島に流配された祖先の慰霊のために参列なされたと伺い、言葉では表現出来ない信仰の不思議な力を感じました。これからは出来る限りこの巡礼に参加し、一人でも多くの人に鶴島の存在と歴史を伝えて参ることを決意した次第。帰途ご一緒した方々と心の通った話が出来て、新しい活動を始める話にまで発展しました。新しい力を頂いた素晴らしい初参加の鶴島巡礼でした。(参加者)

第8回・鶴島への旅(徒歩巡礼)

 東京・大阪・兵庫・広島・鳥取、日系ブラジル人を含む七十代から二十代20人が行脚巡礼。早副神父の祝福で出立。寝静まった文明社会、闇の中を新幹線が一瞬にして走り去る。寂とした大自然に包まれ、稲穂とキンモクセイが香り、雨上がりの清澄な天からはオリオン、カシオペア・北極星、スバルの星座群が頭上にふる。明けそめる瀬戸の海の美事さは毎回の慰め。ひたすら歩く11時間。二人が伴走車の支援。今年は初めて、脚力の一番弱った方を先頭にしてひとかたまりとなって日生港ゴールに入る。八年目にして教会共同体の本来の形を感動を持って体験した。(殉教者・巡礼地顕彰委担当者)

参加神父:岡山・岡山南/荻・豊田・李(い)・アンリ、岡山/早副、玉野/金、倉敷/野中、
       教区/肥塚(徒歩も参加)、長崎仲知(ちゅうち)/山田、長崎水主(かこ)町/岩崎、以上10人
神学生:高松教区(韓国の方)、バルト神学生
参加人数:124人(徒歩のみ6人を含む)
参加教会等:岡山県南6教会、兵庫県南5教会と相生の修道院、大阪、京都、鳥取、
         そして遠く東京、函館、長崎からも参加。

★長崎から参加の山田神父の母方は鶴島に流された岩永さん、父方は金沢に流された山田さんだそうです。帰船を前にそばの広場での集いで、先祖の墓に私達が毎年巡礼を行い守っていることに感謝の意を述べられた。(以上まとめ/殉教者・巡礼地顕彰委担当者)